記憶の底に 第10話 |
「お前は皇帝とV.V.の協力者だったんだろう?どうして裏切る事にしたんだ?」 C.C.が話した事があまりにも衝撃過ぎて、ショックのあまり崩れ落ちたロロをベッドに寝かせると、ロロは困惑した顔でルルーシュを見上げ、その手はルルーシュの服の裾を縋るように掴んで離さなかった。 当然だ。今までの辛い人生の全ては響主であるV.V.の手によって作られたもので、自分には家族愛に溢れた兄と姉がいたのだ。 父親の力で生まれた事さえ消されていた。 その苦しみは、父親に生きている事を否定されたルルーシュ以上だろう。 偽りの経歴、偽りの人生。 それはロロも同じだった。 「大切なものは失ってから初めて気がつく。私はいつもそうだった。だが、今回は失う前に気づけたから、それを大切にしようと思っただけだ。それは死よりも価値があると今は思っている」 永遠の終わりを望んだ。 永遠の死を望んだ。 今もその気持ちは強く胸にあるが、長い間見続けていたこの男が苦しみもがく姿を見ているうちに、この男を救い、守り、共に生きたいという欲が生まれてきた。 だから、願いを口にした。 私と共に永劫の時を生きろと。 「・・・意味が解らないんだが」 ルルーシュはベッドの端に腰をおろし、嘆息した。 いまだ顔は青白いが、生気が戻ってきている事がよく解る。 この男はもう大丈夫だろう。 「そのうちわかるさ。元々あいつらは私無しでも計画を進行させていた。だが研究を進めるうちに、V.V.のコードだけでは力不足で、私のコードが必要だと気がついた。だからV.V.の手前、私を捕えるふりを始めたのさ」 捕える事自体はマリアンヌと繋がっている以上すぐにでも可能だ。 だからこれはあくまでもV.V.に対するパフォーマンスで、時が来たら私が自分の意志で戻って来るとあの二人は信じている。 死という果実を求める私を知っているから。 「捕えるふり?」 「・・・マザコンには辛い真実を告げよう」 だが、もう私にその果実は魅力的には見えない。 目の前に映るこの果実の方がずっと美味しそうだ。 「・・・なんだ」 マザコンの何が悪いという視線でルルーシュはC.C.を睨みつけた。 ああ、ルルーシュってマザコンなんだ。認めるんだ。という視線で、周りはそんなルルーシュを見つめた。 「マリアンヌの肉体は死んだ。あの日V.V.に殺されてな。だが、その精神は生きている」 「なに?」 「そもそも犯人がV.V.だと解ったのは、マリアンヌがそう教えてくれたからだ。マリアンヌと私はギアスの契約をしていた。だが彼女にはその才能が無く、力に目覚める事は無かった。死を迎えるあの瞬間までな」 「では、ギアスで助かったのか」 ルルーシュは、マリアンヌが精神だけの状態とはいえ生きている事に歓喜した。だが、その喜びはいつまで続くか。ルルーシュが抱いている母の像は所詮偶像。理想の母親を演じていたマリアンヌの生み出した虚構にすぎない。 「そう。たまたまその場に居た少女の心の中に逃げ込むことで、精神は生きながらえた。・・・その少女が誰か解るか?」 「あの当時、アリエスに居た少女と呼べる者は一人だけ。行儀見習いに来ていたアーニャ・アームストレイム。現在のナイトオブシックス・・・母さんがラウンズだった時と同じナンバーだな」 「正解だ。流石だな」 この男の記憶力には驚かされっぱなしだ。普通は覚えていないだろう、9歳の頃どれだけの大人と子供が自分の周りに居たかなど。 「そして、マリアンヌもまた皇帝の協力者で、今もアーニャの体を乗っ取り、皇帝と共にいる。V.V.には生きている事を隠してな」 「・・・母さんも賛同しているのか、ラグナレクに」 「ああ」 その言葉に、ルルーシュは僅かに落胆の色を瞳に乗せた。 「神を殺して、あの男が神となる。それで世界はどうなる?」 「嘘の無い世界」 「嘘の無い世界?」 私の言葉に、ルルーシュは眉を寄せた 「簡単にいえば、他人の心を全て除き見ることのできる世界だ。嘘が意味を成さず、真実のみがさらけ出される。すべての生物が意思を共有すると言ってもいい」 「地獄だな」 ルルーシュは眉を寄せ、即答した。 「そうか?あいつらは理想郷だと言っていたぞ」 仮面をかぶること無く、全てをさらけ出せる世界。 戦争の無い優しい世界になるだろうと。 「もしそれが理想郷だとしたら、マオは狂う事など無かっただろう。マオが持っていた人の心を読むギアス。その力の暴走で常に他人の本心が流れ込んできていたマオは、正気を失っていた。お前を飛行機に乗せるため、チェーンソーで切り刻んでバッグに詰めて連れて行こうとしていた事、忘れたか?他人の心を見たくない、聞きたくないと苦しんでいた事、お前が誰よりも知っているはずだ」 その言葉に、私は心臓を締め付けられる思いがした。ああそうだった、あの子は嘘の無い世界で生きていた。全ての本心が強制的に思考の中に流れてくる地獄の中に居て、いつも苦しんでいた。 人の群れの中で生きられなかったマオ。 全世界の人間が、マオになる。 それに適応できる者もいるだろうが、適応できなければ皆狂うだろう。 それが、理想郷なのか。 私もそうなるのだろうか。 「・・・そうだったな。マオは唯一心の読めない私を求めた。人の心など除きたくない、本心など知りたくはない。あの子はそう言っていつも泣いていた」 私にすがり、助けを求め、耳を切り落としたいと懇願した事さえあった。 「だが、そうか。コードが無ければ目的は果たせないんだな?」 「そうだ。だからこその契約だ」 お前は私と共に。 「成程な。ならばそのための策を練ろう」 ルルーシュはV.V.という新たな敵を見定め、すっと目を細めた。 「さて枢木スザク、そして三つ編み。再度言う。お前たちはルルーシュにつけ」 「・・・君の話が真実だと証明できるのかな?」 スザクは今の話を疑い、じろりと眇めた目でこちらを見つめてきた。ジノは完全に困惑しているようだ。 「これが私とルルーシュの策だと思ってるならそれでもいいが、お前、自分が何を忘れているか知りたくないのか?生徒会の者はナナリーの事をロロに変えられ、そしてミレイはルルーシュの事も書き換えられた。元婚約者だった事も忘れてるだろ?」 ミレイに視線を向けると、ミレイはえ!?と声を上げた。 やはり覚えていないか。 「こ、婚約!?ルルーシュが会長と!?」 スザクは目を見開き、私を見た。なんだ、ルルーシュから聞いたこと無いのか?しかし何を驚いているんだ?皇族なんだし、婚約者がいてもいいだろうに。 「私がルルちゃんと婚約・・?」 「ル・・ルルと会長が婚約・・・」 「も、元なんだよな!?婚約って」 「そんな!私も知らないぞ、そんな話!」 ミレイ、シャーリー、リヴァル、ジノは口々に驚きを口にする。 「と言っても、マリアンヌが暗殺された時点で破棄されている。ルルーシュは死んだ皇子だ。皇位継承権も無いしな」 「なんだ、僕と会う前に解消されているのか」 よかったと、あからさまにスザクは安堵の息をついた。 まて、どうしてお前が安心するんだ? そう言えば、さっきからこいつの様子おかしくないか? ジノもおかしいし、こいつらまさか。 いや、同性だからそれは・・・だが、相手はルルーシュだ。 同性という枠に入れていいのか? 私は内心冷や汗を流した。 いやいやいや。やらないからな。 元々将来を誓った間だが、それは永遠の誓いに変わっている。 こいつは私が貰う。 「まあいい。三つ編みはルルーシュに関する記憶だな。お前たちは、そもそも友人では無い。会ったのも一回きりで、その時に騎士になりたいと申し出て、それで終わっているはずだ。そしてロロは自分が孤児である事を疑わないよう、冷徹な暗殺者となれるよう弄られているし、スザク、お前はユーフェミアの死に関する記憶を弄られている」 「な・・・ユフィの記憶!?どういう事!?」 動揺するスザクは、思わず一歩詰め寄った。 ルルーシュもすっと視線をこちらに向けていた。 「今のブリタニアの医療技術はすさまじい。全身に何十発もの鉛玉を浴びたマオは、ギブスや包帯はしていたが、ほんの1週間ほどで走り回れるまでに回復していた。そんな事が可能な医療技術があり、皇族が乗ることから最新の医療設備をも兼ね備えていたアヴァロン内、しかも専門医までいるという最高の状態にありながら、たった1発の銃弾でユーフェミアは死んだ。なぜだと思う?」 「・・・俺が致命傷となるよう、撃ったからだ」 ルルーシュは、目を眇めそう言った。 ユーフェミアを撃ったのはゼロ。 ルルーシュのその発言は、ルルーシュがゼロである事を告げる物だった。 「マオも致命傷にあたっていたが、それでも生き延びた。それにな、お前、撃ち損ねていたぞ。致命傷になる部位からわずかにそれていた」 甘いな、お前は。 愛する妹に銃を向け、手が震えたのだろう。 あの凶弾は致命傷には至らなかったのだ。 ユーフェミアは、絶対遵守のギアスに操られていたにも関わらず、死の間際にギアスを解除していたことが医務室の映像でわかっていた。 だから本国に戻されたユーフェミアの遺体は、ギアス嚮団の元へと一時移動し、V.V.には知らせず解剖して、あらゆるデータを取った。その際に死因も特定していたのだ。 それらの情報もまた、マリアンヌを通してC.C.は手に入れていた。 「・・・そんな!じゃあどうして!」 「枢木スザク。お前はその真実を知っていた。いや、知った。ユーフェミアの死を受け入れるため、ラウンズの地位、そしてギアスを知る立場である事を利用し、全ての資料を取り寄せ、そして内臓に傷がついていなかった事をお前は知った。撃ったのはゼロだが、死因は失血死。碌な手当てを受けず、大量の血を流した事によって死んだ」 私の言葉に、スザクは顔を青ざめふるふると首を振った。 「う、嘘だ!」 「本当だよ。私は口を閉ざす事はあっても、嘘はつかない。だから人の発言を疑い、裏を読もうとするルルーシュでさえ私の言葉を真実として受け入れている」 スザクは、ハッとし、ルルーシュを見た。 確かにそうだ。先ほどからC.C.はとんでもない話をいくつもしているが、ルルーシュはそれを否定することなく、全て真実だと受け入れていた。 「確かにこの魔女はいろいろ隠し事は多いな」 眉間に深い皺を刻みながら、ルルーシュは私を睨みつけた。 「だが、嘘は言わない。お前と違ってな」 私は口元に笑みを浮かべ、ルルーシュにそう告げた。 嘘の無い世界を夢見ていたのだ。 その私が嘘をつく理由など無い。 知られたくない事があれば口を閉ざせばいいだけだ。 だから嘘をつく必要さえ無い。 「なんで!どうして手当てがされなかったと!?」 「ルルーシュ。お前なら理由に心当たりがあるだろう?いや、むしろその可能性が高いと読んでいたはずだ・・・お前ならな」 私のその言葉に、ルルーシュは苦虫をかみつぶしたような表情をした。 「・・・ユーフェミアはブリタニア皇帝の国是に逆らった。あの行政特区日本は弱者救済のための処置。弱肉強食を謳うブリタニアとしては、皇女という地位を利用し、大規模な慈善事業を行うユーフェミアは邪魔な存在だった。なによりも、皇籍返還・・・自ら皇族である事を捨て、その最後の特権を使いゼロの罪を全て消そうとした。その行為もまた汚点。故にユーフェミアの死後その話しは一切表に出る事は無く、彼女の皇籍剥奪は、あの虐殺の罪によるものとされた。もし行政特区が成立したとしても、皇籍返還による特権でゼロの罪が不問となる前に、ユーフェミアは暗殺されていた可能性は高い」 その言葉に、想像さえしていなかったのだろうスザクは息を呑んだ。 「正解だルルーシュ。そして絶好の機会が訪れた。暗殺などしなくてもその命を奪い、罪を背負う者が現れた。だからそれを利用し、手当てをする振りをして、ユーフェミアを見殺しにした。全てをゼロの罪とするために」 そしてその目論見は成功し、ゼロがその罪を背負った。 「・・・それも皇帝の命令か?」 「あの日アヴァロンにはV.V.が居た。だから指示を出したのは間違いなくV.V.だろう。お前に義妹殺しの罪を背負わせるために」 「・・・そうか」 弟殺しを仕向け、義妹殺しの罪を背負わせた。 「ま、まって。じゃあ、V.V.はユフィを殺す様医者に指示を出して、その後僕にあの話を!?」 「お前が何を言われたかまでは知らないが、V.V.はマリアンヌ暗殺の犯人は知らないと嘘をつき続けている奴だぞ?お前を操るのに都合のいい真実だけを語り、都合の悪い事は口にし無かっただろうな」 人を意のままに操るのだから当然だろう。 「そん・・・な・・・」 「ルルーシュがユーフェミアを撃った事は事実だ。そしてそれが死の原因にもなった。それは嘘ではないだろう?だが、原因であっても死の理由では無かったという話だ」 スザクはなおも信じられないと言いたげに瞳を揺らしていたが、真実は真実。この件に関して私が話す事はもう無い。 「ここまで話したならルルーシュがゼロだという事は、まあ解っているな?」 全員を見回し私はそう聞いた。 皆信じられないという顔でルルーシュを見、ルルーシュはもうどうにでもなれという様に開き直って、パソコンを膝の上に置き何やら打ち込み始めた。 「枢木スザク。こいつの手足を返してやれ。ラウンズのお前なら可能だろう?」 「・・・黒の騎士団を、か」 「そう言うことだ。こいつが戻れば、今世界各地に散っている者たちも戻ってくる。私も本腰を上げて加担する以上、シャルルに帝位を退いてもらう」 |